子どもが「行きたくない」と言うたびに、正直「じゃあやめたら?」って思う。
でも、やめるとなるとそれはそれでモヤモヤする。
月謝も払ってるし、道具も揃えた。
「また休むの?」「連絡するの?」──
そんな小さなイライラと葛藤を抱えながら、今日も車を走らせる。
ワンオペで4人分の予定を回していると、習い事の“やる・やめる”は、子どもの問題だけじゃなくて家族全体のリズムにも影響する。
だからこそ、やめることも続けることも、毎回大きな決断になる。
・子どもの「行きたくない」と戦っている
・習い事を辞めるべきか悩んでいる
・新しい習い事を始めようと思っている
「嫌になればその時辞めればい」は甘かった
子どもたちが小さい頃は、本人が「やりたい」と言うものはできるだけ経験させてあげたいと思っていた。
「嫌になれば、そのときはやめればいい」──正直、そう簡単に考えていました。
でも実際に始まってみると、心の中ではこう思ってしまう。
やるからには、できるだけ続けてほしい。
続けないと、できるようにはならない。
そんなに簡単にやめたら、辞め癖がつくんじゃないか。
そして、ある程度続けたあとほど「ここまでやってきたのに」という思いが顔を出す。
送り迎えや月謝、日々の時間配分まで背負っている親だからこそ、いろんなことが頭を巡る。
結局いちばん難しいのは、”辞めるタイミング”だったりする。
決断までに迷って、悩んで、揺れて。
やるのは簡単。やめるのは難しい。
その言葉の重さを、何度も実感してきました。
やりたい気持ちは応援したい。でも現実は簡単じゃない
「本人がやりたいなら、できるだけ応援したい」
その気持ちは本物。だけど、現実は時間・体力・お金の3つがいつも壁になる。
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時間:他の習い事と曜日がかぶる/行きと帰りの時間帯がズレる/兄弟の待ち時間が発生
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体力:夕方〜夜の送迎で家事が後ろ倒し、翌朝に響く
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お金:月謝×人数+道具代+試合・発表会・遠征費…
4人育児では、誰か一人の予定が全員に波及する。
理想どおりに“全部”は叶えられない。そのたびに「どこに線を引くか」を迫られる。
そして、もう一つ忘れがちなのが、親の気力。
習い事って、子どもだけの努力じゃなくて、親の気力と体力も試されている。
家での練習、宿題、試験前の勉強——
「〇〇はやったの?」「やりなさい」の繰り返し。
4人分の学校のことだけでもいっぱいいっぱいなのに、習い事の数だけ、母の葛藤も増えていく。
始めるときには、そこまで考えてなかった。
でも実際は、親も“やり抜く側の一人”なんだと感じる。
親の“向き・不向き”センサーはあてにならない
様々な習い事を通して、「向いてないかも…」と思う瞬間って、親なら誰でもある。
でも、正直親の感覚ってあてにならないんですよね。
なんだかな〜と思っていても、子どもって急に覚醒することがある。
「あれ?できるようになってる!」って驚く瞬間は、赤ちゃんの頃だけじゃなく、小学生でも中学生でも、ちゃんとある。
でもそれって、どれだけ一緒に見ていても予測なんてできない。
見る人が見ればわかるのかもしれないけど、親はどうしても“近すぎる存在”だから見えなくなりがち。
そして、つい周りの子と比べてしまう。
一緒に始めたあの子はできているのに、うちの子はできない。「きっと向いてないんだろう」って決めつけてしまうこともある。
でも本当は、子どもには子どものタイミングがある。
練習が足りない、努力してない、そう見える時期もあるけれど、ある日突然「このままじゃやばい」と自分で気づいて、スイッチが入る瞬間が来る。
親目線の“向き不向きセンサー”は、ただの親のエゴ。
上手じゃなくても、子どもが楽しめているならそれでOK。
できない悔しさや、うまくいかないフラストレーション、人間関係でのつまずきも、すべて“学び”の一部。
そして何より大事なのは、
子どもが「もういい」と自分で決断するまで見守ること。
そのときまで、全力で応援していくこと。
“自分で選んで辞めた”のと、“辞めさせられた”では、未来が変わる。
「行きたくない」と言われたとき、私がしていること
正直、だいたい感情でぶつかってきました・・
でも感情でぶつかると、だいたい悪化する。
だから、最近はできる限り淡々と“手順”で動くようにしている。
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行きたくない理由確認。(眠い/人間関係/難しさ/飽きなど“理由”を聞く)
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選択肢を出す。「休む/短縮参加/振替」など、全部“正解”として並べる。
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決めたら迷わない。(休むと決めたら罪悪感を持ち越さない)
簡単に見えてなかなか難しいーー
これができた日は自分を褒めてあげたい(笑)。
休む連絡は“ほどよく正直”に
私は休むとき、できるだけシンプルかつ正直に監督や先生に伝えるようにしている。
理由によって、受け止め方や次回のフォローが変わるから。
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家族都合:
→「本日は家族都合のためお休みさせていただきます。」 -
気分・疲労:
→「気分不良のため」「疲れが出ているようで」など -
体調不良:
→「体調不良のためお休みさせていただきます。」
正直に伝えることで、次のレッスン後に先生から「今日はこうでしたよ〜」と教えてもらえることもある。
それが、親としての安心や先生との信頼関係にもつながる。
朝のひと言予告で“ごね対策”
子どもって、曜日やスケジュールをよく忘れる。
だから私は、朝のうちに必ず伝えるようにしている。
「今日は◯◯の日ね!」
「学校から帰ったら宿題チェックしといてね!」
「今日は遊ぶ約束NGだよ!」
たったこれだけで、出発前の“行く・行かない論争”が減る。
気持ちの準備ができていると、子供も切り替えが早い。
中、高学年になると、時間ギリギリまで遊ぶ約束を入れてしまうこともあるけれど、提出物さえ終わっていればOKにしている。
家でゴロゴロして、習い事のタイミングで寝ちゃうのが一番の地雷パターンなので(笑)。
子どもの習い事は親の習い事でもある
習い事を続けるのは、子どもだけじゃない。親も同じように、毎回“挑戦と練習”をしている気がする。
送迎、支度、声かけ、家での練習チェック。
時には「もう行かなくていい!」と叫びたくなる夜もある。
でもその中で、私も少しずつ成長してきた。
怒り方や励まし方、力の抜き方、時間の使い方。
どれも、親にとっての“学び”であり、“練習”でもある。
子どもの習い事は、私の習い事でもある。
子どもの成長に合わせて、私も試されている。
頑張りすぎず、諦めすぎず、ちょうどいい距離で見守ることが、今の私の“課題”なのかもしれない。
子どもにも母にも必要な月曜日
毎日が時間との勝負。
ワンオペで4人分の予定を回していると、「次の送迎までにご飯を作って、洗濯回して…」と、頭の中はずっとタイマーが鳴っているような感覚になる。
だから、月曜日だけは何も入れない。
あえて“何もしない日”を作っている。
週末は子どもたちの予定でバタバタ。
正直、家の中は荒れ放題で、休みどころじゃない。
でも、家に誰もいない月曜の静けさはまるで別世界。
たまった家事を片づけられるだけでも、気持ちに余裕が戻る。
子どもたちや夫がいる休日と、誰もいない月曜日は、私にとってまったく違う。
子どもにも、母にも必要な月曜日。
休む日があるから、また動ける。
リセットできる時間があるからこそ、“続ける力”も育っていく。
やめるタイミングの目安と、後悔しない終わり方
続けるか、やめるか──迷うときって、だいたいどちらにも理由がある。
私もたくさん悩んできたけれど、今は3つのサインを目安にしている。
やめどきのサイン
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「行きたくない」が続く
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終わったあとの表情がずっと曇っている
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生活リズムが崩れて他に影響している(睡眠・食事・学校)
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別の興味や挑戦がはっきり出てきた
上手な終わらせ方
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区切りを決める(月末・発表会・大会など)
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感謝で終える(先生・仲間への言葉を残す)
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次の目標を決める
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本人に“自分で決めた”感覚を残す
やめることは逃げじゃない。
その経験をどう終わらせるかが、次の一歩の力になる。
そして、辞めるときに私がいつも子どもに伝える言葉がある。
「もしも、またやりたくなったら、いつでも言ってね。」
“辞めたらもうできない”とは思ってほしくない。
辞めてみて初めて「楽しかったな」「好きだったな」と気づくこともあるから。
その時は、素直に伝えてほしいなと思っている。
もちろん、実際に再開するのは簡単ではない。
時間や環境の調整、覚悟の確認や話し合いも必要になる。
それでも、「やりたい」と思う気持ちを大切にしてほしい。
終わりを優しく区切ることは、次を始める力につながる。
まとめ:今の時代の”継続は力なり”
習い事を続けるのは、子どもの努力だけじゃなく、親にとっても“忍耐と調整”の連続。
それでも私は、続けることの価値を信じている。
ただ、今の時代に言う“継続は力なり”は、昔のように「我慢して続けろ」という意味ではない。
自分で選んで、積み重ねて、時には休んで、
またやってみようと思える——その気持ちこそが本当の“続ける力”。
そしてもうひとつ、始めるときの覚悟も忘れたくない。
子どもが「やりたい」と言ったその瞬間から、親はその挑戦を支える立場になる。
だからこそ、始めるときにも“続ける覚悟”を少しだけ持っておきたい。
やめるか、続けるかを決めるのは最終的に子ども自身。
でも、そこにたどり着くまでには、親の支えと信頼が欠かせない。
自分で選んで辞めたのと、辞めさせられたのとでは、未来が変わる。
子どもが自分で決めたことを、信じて見守る。
それが、親にできる一番のサポートなのかもしれない。
続ける力と、休む勇気。
そして、始める覚悟と、信じて見守る強さ。
そのすべてが、親子で一緒に育っていく力だと思う。


